大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)1860号 判決 1984年9月27日
控訴人 湯浅商事株式会社(旧商号 湯浅金物株式会社)
代表者代表取締役 湯浅佑一
訴訟代理人弁護士 平正博
同 三木博
被控訴人 更生会社定行精機株式会社管財人後藤三郎
訴訟代理人弁護士 坂本義典
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、控訴人
原判決を取消す。
被控訴人は、控訴人に対し、原判決添付物件目録記載の各機械を引渡せ。
被控訴人は、控訴人に対し、昭和五〇年六月一日から前項記載の各機械の引渡しずみまで一か月三四五万四六〇〇円の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言
二、被控訴人
主文同旨の判決
第二、当事者の主張
当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一、控訴人の主張
1. 割賦売買契約及び使用貸借契約の解除について
被控訴人掲記の最高裁判所判決が契約解除ができないとする理由は、売買契約等の解除及びそれによる機械等の取戻が会社更生手続の趣旨、目的を害するものであるとするところにあると思料されるところ、本件各機械は会社更生手続の遂行に不可欠とされているものでもない。即ち、被控訴人は本件各機械の一部を無価値と評定しており、また、その一部は更生会社の操業に使用されているものもあるが、大部分は操業のために不可欠の機械として使用されていない。なお、更生会社は本件各機械と同種又は同機能の機械を別に保有しており、本件各機械がなくとも操業は十分に可能であると思料される。
2. 本件各機械の取戻権
(一) 所有権留保売買においては、目的物の所有権は、原則として売買代金の完済をまって始めて売主から買主に移転する。従って控訴会社は本件各機械について所有権を有しており、更生会社において割賦売買に基づく代金を支払わない以上、控訴会社は、割賦売買契約及び使用貸借契約の解除の有無を問うことなく、会社更生法第六二条により取戻権を有するというべきである。即ち、所有権留保売買において、買主が代金完済による所有権取得前において売買目的物を占有使用し、売主の所有権の行使を制限するものは、買主によって約定に定められた売買代金が支払われているという事実のみであるから、売買代金債務の不履行によりかかる制限の基礎が失われることになれば、売主としては留保された所有権を行使しうるのである。
(二) 被控訴人掲記の最高裁判所判決は所有権留保売主の解除を無効として取戻請求を否定したが、その取戻権の有無まで判断しているものではない。所有権留保売主の更生手続上の権利が更生担保権とするならば、右担保権の実行とみるべき解除(及び目的物の取戻)を無効という理由はないから、右最高裁判所判決をもって所有権留保売主の更生手続上の権利を更生担保権とすることはできない。
(三) 会社更生法にいう更生担保権は同法第一二三条に明記されているもののみを指し、いわゆる非典型担保権、なかんづく所有権留保売主の権利を更生担保権とすることは、実定法の解釈としてはとりえない結論である。
3. 双務契約の履行による共益債権
割賦売買代金の完済されない所有権留保売買契約は会社更生法第一〇三条にいう未履行の双務契約と解すべき余地がある。控訴会社は被控訴人に対し通知書(乙第一三号証)を送付したが、被控訴人は確答しなかったので、契約の解除権を放棄したものとみなされ(同条第二項)、控訴会社の有する割賦売買代金は共益債権である(同法第二〇八条第七号)。
4. 不当利得による共益債権
本件各機械は代金完済までは控訴会社の所有であるところ、更生会社において返還に応ぜず、同社の操業に使用し、利得を得ているから、控訴会社の不当利得返還請求権は共益債権となるというべきである(会社更生法第二〇八条第六号)。
二、被控訴人の主張
1. 割賦売買契約及び使用貸借契約の解除について
(一) 最高裁判所昭和五七年三月三〇日第三小法廷判決(民集三六巻三号四八四頁)によれば「動産の売買において代金完済まで目的物の所有権を留保することを約したうえこれを買主に引き渡した場合においても、買主の代金債務の不履行があれば、売主は通常これを理由として売買契約を解除し目的物の返還を請求することを妨げられないが、本件のように更生手続開始の申立のあった株式会社に対し会社更生法三九条の規定によりいわゆる旧債務弁済禁止の保全処分が命じられたときは、これにより会社はその債務を弁済してはならないとの拘束を受けるのであるから、その後に会社の負担する契約上の債務につき弁済期が到来しても、債権者は、会社の履行遅滞を理由として契約を解除することはできないものと解するのが相当である。また、買主たる株式会社に更生手続開始の申立の原因となるべき事実が生じたことを売買契約解除の事由とする旨の特約は、債権者、株主その他の利害関係人の利害を調整しつつ窮境にある株式会社の事業の維持更生を図ろうとする会社更生手続の趣旨、目的(会社更生法一条参照)を害するものであるから、その効力を肯認しえないものといわなければならない。」とあり、本件における会社更生手続の経緯と右最高裁判所判決の事案のそれとは一致するものであるから、右判決の判断がそのまま適用され、控訴会社の主張する右契約の解除は認められず、本件各機械の取戻は許されないと解すべきである。
(二) 更生会社は現在本件各機械をフルに使用して控訴人主張の財産評定時より生産を増強しており、さらに増産態勢を計画中でもあるので、本件各機械の必要性は強まりこそすれ、弱まることはない。
更生会社は本件各機械を含む所有権留保機械を有機的に使用して事業を継続し、更生計画のとおり弁済するまでに至っている。本件各機械が引き揚げられていたならば、右の弁済が不可能であったことは明らかである。
控訴人主張の本件各機械の評定は更生手続開始時になされたものであるが、更生会社の事業は諸情勢により変化してゆくものであるから、控訴人主張の一事をもって現在においても不必要であるとはいえないのである。
2. 本件各機械の取戻権について
(一) 控訴会社が本件各機械について所有権を有しているとの主張は誤りであり、所有権留保売主としての控訴会社の権利は更生担保権と解すべきものである。もっとも前項掲記の最高裁判所判決は会社の履行遅滞を理由とした契約解除を否定した理由中には所有権留保売主の会社更生手続における権利が更生担保権であるとは明言していないが、買主たる株式会社に更生手続開始の申立の原因となるべき事実が生じたことを売買契約解除の事由とする旨の特約を否定した点及び保全処分が出された後には履行遅滞に基づく実体法上の効果発生を認めるべきでないとする説が多数説となった学説の流れを併せ考えると、右判決は、取戻権を一般的に否定すべきものとする判断が暗黙の前提となっているものとみられる。要するに前記最高裁判所判決は、民商法に基づく手続が会社更生手続の趣旨、目的を害するものであるときは無効となることを明らかにしているものであって、それは、動産売買において担保的機能を営む所有権は会社更生手続においては担保実現のための所有権行使―引渡を求めることは許されず、更生担保権として機能するにとどまることを是認したものにほかならない。
(二) 前記最高裁判所判決は、所有権留保売主が契約を解除しなくても取戻権を行使しうると解していたならば、解除の効力について判断する要はなかったものであるが、解除の効力を論じ、これを否定したことからすれば、所有権留保売主の権利は更生手続上は更生担保権にとどまるとの解釈を前提にしているものと解せられる。
3. 双務契約の履行による共益債権
会社更生法第一〇三条所定の双務契約は双方未履行のものをいうところ、本件各機械の如くすでに引き渡しずみの所有権留保売買契約については同条の適用はないというべきである。
しかも控訴会社が昭和五〇年四月一二日更生会社に対し、本件各機械についてのすべての契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いのない事実であり、通知書(乙第一三号証)はどうみても同条第二項による催告とは解しえない。
4. 不当利得による共益債権
本件各機械の売買契約及び使用貸借契約の解除は無効であり、右契約関係は存続しているものであるから、更生会社が右各機械を使用していても不当利得返還債務を負ういわれはない。
なお、控訴会社は未払売買代金相当額を含め五八四五万〇〇九五円の更生債権の届出をなしたのであるから、更生債権としかならず、共益債権となる理由はない。右届出額は承認され、更生計画に従ってすでに二〇二九万六七九六円が支払われている。
三、証拠関係<省略>
理由
一、当裁判所も、控訴会社の本訴請求は理由がないと判断するものであって、その理由は、次のとおり付加、訂正もしくは削除するほか、原判決理由の説示と同一であるから、ここにこれを引用する。
1. 原判決九枚目裏五行目、七行目、同一〇枚目表二行目、四行目、八行目の各「更生会社」を「会社」と改め、同一〇枚目裏八行目末尾に「(最高裁判所昭和五七年三月三〇日第三小法廷判決―民集三六巻三号四八四頁参照)。」を加える。
2. 同一一枚目表二行目の次行に左の一項を加える。
「(三) 控訴会社は、前記保全処分がなされた場合に会社の債務不履行を理由に所有権留保売主が割賦売買契約等を解除し、売買物件の取戻の許されない理由は、それが会社更生手続の趣旨、目的を害するところにあるところ、本件各機械は会社更生手続の遂行に不可欠とされているものではないと主張する。前記契約解除の認められない理由として控訴会社主張の如く解すべき余地が存するとしても、<証拠>によれば、更生会社では現在本件各機械をすべて使用し、本件各機械を含む所有権留保機械を有機的に使用して事業を継続し、更生計画のとおり弁済するまでに至っていることが認められ、右認定に反する<証拠>は前記各証拠と対比して措信することはできない。もっとも<証拠>によれば、被控訴人は本件各機械のうち当時使用していなかった一部のものについて更生手続開始時になされた評定でその価格を零としたことが認められるけれども、更生会社の事業は諸情勢により変化してゆくものであるから、更生手続開始時において使用されていなかったからといって現在も使用されていないということはできない。してみれば、本件各機械はいずれも更生会社の事業に不可欠なものとして使用されているものであって、控訴会社の主張は理由がない。」
3. 同一一枚目表七行目「ところで、」の次に「控訴会社は、」を加え、同一二行目「の見解がある。」を「主張する。」と改め、同一一枚目裏五行目冒頭「止条件付所有権」の次に「(売買代金の完済を条件とする期待権ではない。)」を加える。
4. 同一二枚目表五行目末尾に「譲渡担保は債務者の所有に属する責任財産が担保目的のために債権者に移転されるのに対し、所有権留保は債権者が所有する資産の所有権を留保するものであって、形態が異るということは両者の取扱いを異にすべき理由とはならない。なお、控訴会社は、会社更生法にいう更生担保権は同法第一二三条に明記されているもののみを指し、いわゆる非典型担保権を更生担保権とすることは実定法の解釈としてはとりえないと主張するが、独自の見解であって、採用することはできない。」を加える。
5. 同一二枚目表五行目の次行に左の一項を加える。
「(4) 被控訴人掲記の最高裁判所判決は会社の履行遅滞を理由とした契約解除を否定した理由中には所有権留保売主の会社更生手続における権利が更生担保権であるとは明言していないが、契約を解除しなくても取戻権を行使しうると解していたならば、解除の効力について判断する要はなかったものであるが、解除の効力を論じ、これを否定したことからすれば、所有権留保売主の権利は会社更生手続上は更生担保権にとどまるとの解釈を前提にしているものと解せられる(なお、右判決は所有権留保売主の担保権実行の手段としての契約解除の当否を直接判断したものではないから、契約解除を否定したことをもって所有権留保売主の権利を更生担保権としなかったとすることはできない。)。」
6. 同一二枚目表六行目「以上の次第で、」の次に「民商法による権利、手続が会社更生手続の趣旨、目的を害するものであるときは無効となるものであって、」を加え、同八行目「取り扱われるのであり、」を「取り扱われるのである。」と改め、同行及び次行の「会社更生法一〇三条の規定は適用されない。」を削る。
二、控訴会社は、被控訴人に対し会社更生法第一〇三条第二項の催告をしたが、被控訴人は所定期間内に確答しなかったから、控訴会社の有する割賦売買代金債権は共益債権である(同法第二〇八条第七号)と主張する。本件各機械の如くすでに引き渡しずみの所有権留保売買契約においては、売主は契約に基づく債務をすべて履行しており、ただ、売買目的物の所有権移転を留保しているものの、買主の売買代金完済という条件にかかわらせており、右条件成就により留保された所有権移転の効果が生じ、改めて所有権留保売主の所有権移転行為を必要とするものではない。従って、本件各機械の売買契約は同法第一〇三条の双方未履行の双務契約に当らないから、同条の適用はないといわねばならない。さらに、控訴会社の主張する通知書(乙第一三号証)はその文面よりしても同条第二項に定める催告する文書とは認められないから、この点からしても、控訴会社の主張は失当である。
三、控訴会社は、更生会社の本件各機械の使用につき使用料相当の不当利得返還請求権の共益債権(同法第二〇八条第六号)を有すると主張するが、控訴会社が更生会社に対してなした本件各機械の売買契約及び使用貸借契約の解除が無効であること、被控訴人は、更生計画に従って控訴会社に対して割賦売買代金を支払っていることは前認定のとおりであるから、更生会社は権原に基づいて本件各機械を占有使用しているのであって、控訴会社の不当利得返還請求権の成立する余地はないものといわねばならない。
四、以上の次第であるから、控訴会社の本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却すべきである。
よって、右と同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、民事訴訟法第三八四条第八九条第九五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林定人 裁判官 坂上弘 小林茂雄)